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熊本地方裁判所 昭和37年(行)14号 判決

熊本市細工町三丁目三二番地

原告

鈴木コギク

右訴訟代理人弁護士

東敏雄

熊本市行幸町二〇番地

被告

熊本税務署長

元吉政夫

右指定代理人

広本重喜

山口常義

北野辰男

岩崎義朝

三浦謙一郎

玉田忠雄

右当事者間の課税処分取消請求事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、原告訴訟代理人は、

「被告が原告に対して昭和三六年三月三一日付でなした贈与税六〇万円および無申告加算税六万円の賦課決定を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決を求め、請求原因およびその主張を次のとおり述べた。

一、被告は原告に対し、原告が夫である訴外鈴木陽司から別紙目録記載の土地建物の贈与を受けたとして、昭和三六年三月三一日付で贈与税六〇万円、無申告加算税六万円の賦課決定をした。

二、しかしながら、別紙目録記載の土地建物はいずれも原告が他より買受けたものであり、原告の夫鈴木陽司から贈与を受けたものではないから、右課税決定は違法であつて取消さるべきである。

三、原告は、訴外松山某ほか二名より合計金二二〇万円を借受けこれを資金として、昭和三五年九月一〇日訴外光多俊三郎から別紙目録記載(一)ないし(三)の土地建物を買受け、同年同月二二日その所有権移転登記を了し、同年一〇月一〇日訴外藤江甚吉から同目録記載(四)の土地を買受け、同日その所有権移転登記を了したものである。

四、もつとも、別紙目録記載(一)ないし(三)記載の土地建物について、被告主張のように原告の夫鈴木陽司名義の抵当権設定登記および所有権移転登記がなされていたことは争わないが、その登記原因となつた消費貸借は原告の夫陽司が貸主ではなく原告がその貸主である。

すなわち、原告の夫鈴木陽司は終戦後建設請負業を営む者であるところ、昭和三三年から三四年にかけて熊本営林局の林道工事を請負い、金五〇〇万円位の損失を蒙り、現在なお訴外佐藤勝に対し金一一五万円、同勇宇三郎に対し金四二万円、同石田誠一に対し金二五万円、同財部正常に対し金二五万円の債務を負担し、そのほかに資材買掛金約五〇万円が返済不能の状態にあつて、訴外光多俊三郎に多額の金員を貸付けたり、また同人から土地建物を買受け、これを原告に贈与したりするような資金の余裕は全くなかつたのである。

これに対し、原告は、熊本に本籍を有し親戚知人にも信用があつたので、他より金策をして訴外光多俊三郎に貸付けたが、その金策に際し原告に対する貸主はその氏名が税務署に知られることを極度におそれ、原告もその氏名を秘する必要から、訴外光多の提供する不動産上の抵当権者も本人の名前を用いず鈴木陽司の氏名を使用したのである。

五、また別紙目録記載(四)の土地はもと一六八坪五合二勺の土地であつたが、訴外光多俊三郎は同目録記載(一)ないし(三)の土地建物を原告に売渡した後、その移転先として右一六八坪五合二勺の土地を買受けることにしたが、その代金の支払に窮し、原告に対しその土地の二分の一を買取つてくれるよう懇願するので、昭和三五年九月一六日右土地を二筆に分筆し、原告はその一筆である八九坪三合二勺を訴外藤江甚吉から買受けたものである。

六、なお本件の贈与税および無申告加算税の賦課決定に至る経緯ならびに課税価格が被告主張のとおりであることは認める。

第二、被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、請求原因に対する答弁ならびに被告の主張を次のとおり述べた。

一、被告が原告に対しその主張どおりの贈与税ならびに無申告加算税の賦課決定をしたこと、および別紙目録記載の土地建物について原告主張のとおり原告名義に所有権移転登記がなされていることは認めるが、その余の原告の主張は争う。

二、原告の夫鈴木陽司は昭和三五年四月一五日訴外光多俊三郎に金一三〇万円を貸付け、同訴外人はその際右債務の担保として当時同訴人の所有であつた別紙目録記載(一)ないし(三)の土地建物に抵当権を設定することを約し、同不動産につき熊本地方法務局昭和三五年四月二〇日第九二五九号を以て同年同月一五日金銭消費貸借についての同日抵当設定契約を原因とする抵当権者鈴木陽司、債権額金一三〇万円なる抵当権設定登記、および同法務局同年同月二〇日受付第九二六〇号を以て同年同月一五日停止条件付代物弁済契約(同日の金銭消費貸借による債務金一三〇万円を弁済しないときは所有権を移転する)を原因とする鈴木陽司のための所有権仮登記をなしたが、その後原告の夫鈴木陽司は右抵当物件を光多俊三郎から金二〇〇万円で買受けることとし、買受代金と前記貸付金およびその後の貸付金ならびに立替金等との差額を光多俊三郎に支払い、昭和三五年九月二二日右抵当権設定登記および所有権移転仮登記をそれぞれ抹消した。しかしてこれが所有権移転登記は勿論右原告の夫鈴木陽司になさるべきところ、同人は自らの名義とすることなく中間を省略して原告の名義とした。

さらに、原告の夫鈴木陽司は同年一〇月一〇日訴外藤江甚吉から別紙目録記載(四)の土地を代金二〇万円で買受け、前同様これを自己名義となすべきところ、同日原告の名義に所有権移転登記をなしたのである。

したがつて、別紙目録記載の土地建物についての原告の所有権取得は、右の事実関係からするといずれも原告の夫から原告に対する贈与にほかならないのである。

三、被告の調査により右贈与の事実が判明したので、被告は原告に対し相続税法第二八条に規定する申告書を提出するようにうながしたにもかかわらず、原告は被告に対してこの規定による申告書を昭和三六年二月末日までに提出しなかつた。そこで被告は同年三月原告に対し同法第三〇条に規定する申告書を提出するよううながしたが、原告はこれも提出しなかつた。

被告は、原告から右申告書の提出がないため、昭和三六年三月三一日、同法第三五条第二項の規定により、課税価格二二〇万円、贈与税六〇万円とする決定をなし、同時に同法第五三条第二項の規定による無申告加算税六万円の徴収決定を行い、同日付で同法第三六条および五三条第五項の規定による通知を原告宛に送付した。

第三、証拠として原告訴訟代理人は、甲第一号証ないし第七号証を提出し、証人光多俊三郎、同勇宇三郎、同佐藤勝、同鈴木陽司および原告本人の尋問を求め、乙第一号証ないし第四号証および第五号証の一の成立は認めるが、その余の乙号証の成立は不知と答え、被告訴訟代理人は、乙第一号証ないし第四号証、第五号証の一ないし四を提出し、証人光多俊三郎および同藤江甚吉の尋問を求め、甲第一号証ないし第三号証の成立は認めるが、その余の甲号証の成立は不知と答えた。

理由

一、被告が原告に対し、原告が夫である鈴木陽司から別紙目録記載の土地建物の贈与を受けたとして、昭和三六年三月三一日付で贈与税六〇万円、無申告加算税六万円の賦課決定をしたこと、その賦課決定に至る経緯およびその課税価格が被告主張のとおりであること、別紙目録記載(一)ないし(三)の土地建物が以前訴外光多俊三郎の所有であり、昭和三五年九月二二日同訴外人から原告に対し所有権移転登記がなされていること、同目録記載(四)の土地が以前訴外藤江甚吉の所有であり、同年一〇月一〇日同訴外人から原告に対し所有権移転登記がなされていること、および原告が現在右土地建物の所有者であることについては当事者間に争がなく、結局本件においては原告が直接右訴外人らから別紙目録記載の土地建物の譲渡を受けたか、或いは原告の夫鈴木陽司が右訴外人らから右土地建物の譲渡を受け、これを原告に贈与したと認むべきかだけが争点であるので、以下この点について考えてみよう。

二、成立に争いのない乙第五号証の一、証人鈴木陽司の証言により成立を認める乙第五号証の二ないし四、証人光多俊三郎、同藤江甚吉の各証言ならびに証人鈴木陽司の証言の一部を総合すれば、訴外光多俊三郎および同藤江甚吉が別紙目録記載の土地建物を他に譲渡するに至つた経緯について、訴外光多俊三郎は昭和二八年頃から原告の夫鈴木陽司に対し別紙目録記載(三)の建物の二階を賃貸していたが、その後相当の債務を負担するようになつたので、鈴木陽司に対し数回にわたり金融を申し込み、その都度金員を借受け同人宛に借用証を差入れていたが、それが合計金一三〇万円にもなつたので、その債務担保のため昭和三五年四月二〇日別紙目録記載(一)ないし(三)の土地建物につき債権額金一三〇万円、債権者鈴木陽司とする抵当権設定登記、およびその債務を弁済しないときは所有権を移転する旨の停止条件付代物弁済契約による鈴木陽司のための所有権移転仮登記(これらの各登記がなされたことについては当事者間に争がない)をしたが、その債務の弁済ができないばかりか他にも金員の必要が生じたため右土地建物を売却する必要にせまられ、結局鈴木陽司に対し金二二〇万円で売渡すことになり、その後の移転先として訴外藤江甚吉所有の熊本市長谷町六九番の土地(当時一六八坪五合二勺)およびその地上建物を買受けることとなつたこと、鈴木陽司は先多俊三郎の依頼により藤江甚吉からの土地建物買受の交渉に当つたが、同人が土地建物全部一括でなければ売らないというのに光多俊三郎に資金の余裕がなかつたので、その土地を分筆しその一である別紙目録記載(四)の土地を鈴木の方で買受けることにし、またその地上建物が非常に傷んでいたので鈴木陽司の方で修繕をしたうえ、光多俊三郎に対し、同人が藤江甚吉に支払うべき土地建物の買受代金、鈴木陽司に支払うべき右建物の修繕代金および同人から借受けていた金一三〇万円の債務と、鈴木陽司が光多俊三郎に支払うべき別紙目録記載(一)ないし(三)の土地建物の代金との差額を支払い、その精算関係を記した鈴木陽司名義の書面(乙第五号証の二ないし四)を交付していること、したがつて、光多俊三郎および藤江甚吉は別紙目録記載の土地建物の買主を鈴木陽司と考えており、その所有権移転登記が原告名義になされていることは知らなかつたことが認められ、右事実に前記当事者間に争いのない事実を併せ考えると、鈴木陽司は、昭和三五年九月二二日光多俊三郎から別紙目録記載(一)ないし(三)の土地建物を買受け、これを即日原告に贈与し、また同年一〇月一〇日藤江甚吉から別紙目録記載(四)の土地を買受け、これを即日原告に贈与したものと推認するのが相当である。

この点に関し、証人鈴木陽司および原告本人はそれぞれ原告が訴外光多俊三郎ならびに同藤江甚吉から直接右土地建物を買受けた旨原告の主張に添う供述をしているが、これらの供述は本件に直接の利害関係を有する者の供述であるだけに自己に有利に述べていると思料される部分があり、特に原告の主張の中核をなす買受資金の関係について、訴外光多俊三郎に対し金一三〇万円を貸付けたのは原告であつて鈴木陽司ではないといいながら、原告がその資金を他から借受けた貸主の氏名を明らかにせず、その明らかにしない事由についての説明に納得し難いものがあり、更にこれらの借受金については、鈴木陽司の証言によれば、原告が正式に借用証を差入れ原告の兄弟二人が保証をしている旨供述しているにも拘らず、その借用証であるという甲第四号証ないし第七号証はいずれも鈴木陽司の筆跡になるものであることが明らかであるばかりか、その保証人欄には同人の氏名が記されているだけでその他の者の氏名は記されておらず、同各号証はその内容が右証言と全くくいちがつており、しかも右各借用証の貸主氏名欄は糊付けした紙で隠蔽して判明できないように作為してあることからして信用することができず、また原告が訴外光多俊三郎に金一三〇万円を直接貸付けたとすれば前認定のように鈴木陽司名義で抵当権設定登記をすることは通常の常識を以てしては容易に考えられないところであり、そのうえ右抵当権設定登記の名義人を鈴木陽司としたことの説明について証人鈴木陽司と原告本人とでは全く異る供述をしていること等から考えて、これらの供述をそのままには信用することができず、他に原告の主張を認め得る証拠はない。

三、そして、本件贈与税賦課決定に至る経緯ならびに課税価格についての被告の主張は原告の認めるところであるから、原告は夫鈴木陽司から別紙目録記載の土地建物の贈与を受けたことにより、相続税法所定の贈与税六〇万円ならびに無申告加算税六万円を納付すべき義務があり、被告のなした本件課税決定に違法な点はないので、原告の本訴請求は理由がない。

四、よつて原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 後藤寛治 裁判官 志水義文 裁判官 畑地昭祖)

目録

(一) 熊本市細工町三丁目三二番の一

一、宅地 五五坪六合七勺

(二) 同所同番の二

一、宅地 七七坪三合一勺

(三) 同所同番の一および二所在

家屋番号同所第二八番

一、木造瓦葺二階建店舗一棟

建坪 八一坪

外二階坪 一九坪四合

付属

一、木造瓦葺平家建物置一棟

建坪 一坪九合

(四) 熊本市長谷町六九番

一、宅地 八九坪三合二勺

以上

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